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ワイズは子犬にも小型犬にもやさしいが、人間の子供が苦手だった。
攻撃するというより、ボールや猫を追いかけ捕まえようとする あの 同じ目をして狙っていた。

どんなことがあっても、本気でなくても他人の体に歯をあてることがあってはならない。
逃げるが勝ち と 子供が近寄ってくると いつも逃げていた。

なんどか克服しようと練習し、こども友達1号 2号ができたが、それ以上はなかった。

ブログをサボっている この冬に こども友達 3号ができた。
それもいままでと違い、まだ 赤ちゃんの形をしたお友達。

wth RITO

ワイズは大好きなYちゃんの子供だと理解したようで、初めて会った瞬間から敵でもボールでもなくしっかり Yちゃんの子供だとわかったようで、Rくんを受け入れ仲良くした。

その後もやはり全部の子供を受け入れたわけではなかった。

先日、我が家で、すいか割大会をした。

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たくさんのこどもがやってきた。ひとりは犬が苦手で近くによることもできず、脱落(笑)
他の子供は ワイズやキートスに興味津々。
こわごわ近づけてみると・・・。

ワイズは・・・。

wuikawari2.jpg

DSC_0348_20120719210840.jpg

ワイズは少しこまったような顔をしながら あっちからこっちから伸びてくる手を受け入れた。

11歳にて問題行動克服。
9年かかった。

あきらめてはいけない。。。。。


金曜日、夫の叔父のところへ用事があり、愛知県まで出かけた。
午後から出発して片道約200km。その日のうちに戻る 強行軍。

そんな行程ではあったが、
どうしても お会いしたい おともだちがいた。

ラドンくん。

今年初め、PLDDのことで、このブログからお問い合わせがあった。

とてもワイズと似た症状だった。
ワイズと同じ鎮痛剤でだましだまし過ごしているとのことだった。

MRI等の検査を経て、
K先生にも 検査結果をみていただいて、効果が期待できるとの診断を得て
最終的にPLDDを受けることを決断されたのだが、
そこに至るまで、

ラドンくんの年齢。
かかりつけの獣医さんに どう言い出そうか・・・
ご近所の運転しか経験されていないなか、PLDDを受けにくるための移動距離。

Mさんは うんと悩まれて悩まれて PLDDを決断された。

PLDDの後、ラドンくんは頚椎の痛みを訴えることがなくなり、ラドンくんも飼い主のMさんも明るい表情になったと聞いていた。

叔父のところと ラドンくんのおうちは 同じ市内。
時間はないが、どうしてもお会いしたかった。

ほんのちょっとだけお会いすることができた。
たれ耳のやさしい男の子。

SH3L0041.jpg

ラドンくんもシニアの年齢。
これまたワイズ同様 まったく 白髪もない。
突然やってきた私たちを歓迎してくれ、お別れのときは
「もう、帰るのか」
とちょっと怒ってくれた(笑)

ラドンくんもワイズも まだまだ 元気に楽しく長生きしようね。



お転婆娘のキートスがちょっとおねえさんになった。

表情もお澄ましの顔もできるようになり、しぐさもちょっと落ち着いたが、油断するとあっというまに「爆裂娘」化する。三つ子の魂百まで。。。か。


キートスがチャンピオン完成した。

昨年 近畿インターナショナルドッグショーで再デビューして、
西にはほとんど来られないハンドラーさんなので、インターごとに出会ってキートスのハンドリングをお願いした。
預ければいいのだが、さみしくて 離れられない。
キートスのアトピーのこともあって、そばにいたかった。

たま~に会って数分間。
なのに、一流ハンドラーと言われる金塚さんはキートスと信頼関係を築いて 見たこともないキートスを見せてくださった。
他の犬のハンドリングと重なったときは金塚さんが信頼されている これまた一流の原田さんにお願いしてくれた。
ポンポンポンとカード3枚のあと、ちょっと足踏み。

長野のインターは原田ハンドラーさんが 魅せてくれた。

nagano2_20120704200622.jpg


winners になってチャンピオンクラスの後にならんでからも、最後の5頭までキートスがピックアップされた。

KIITOS PICK UP

これぞプロっていうハンドリングだった。
それ以上の成績ではなかったけど、ドキドキわくわく 楽しい時間。

おめでとう きーちゃん。

ss-nagano inter

これからは、ときどき へっぽこきよごんがハンドラーになって 出てみよ~っと。


ワイズといまさらながら、ドッグショーにでた。
ドーベルマン単独展が群馬県で開催された。

シニアクラスというものがない。
チャンピオンクラスでの出陳は 主催者の方にもほかの出陳者のかたにもあまりにも失礼じゃないかと迷った。
主催者にお電話をして、失礼じゃないかと問い合わせたところ、
こころよく出陳を歓迎してくださった。

11歳。
白髪ひとつなく、キートスより艶がある。
背線も下がってきたりはしていない。
シニアのドーベルのオーナーさんや
これからシニアになろうとするドーベルのオーナーさんが
ワイズをみて、まだまだ、元気で過ごせるって思ってもらえたらなあという気持ちもあった。


当日。。。

見学のつもりで楽しそうにしていたワイズ。
リングに入ろうとすると

「え?」
「うそ???」
「どうして?」

目を丸くして 私を見上げた。

「やだ。 ぼくは 出ません」

どよ~~~~ん。
ワイズのテンションは地に落ちたというか、地中深くまで下がっていった。

嫌がるワイズに

「ええねん。ええねん。結果やないから。
ちょっとだけ つきあってよ」

とお願いしながらの出陳。

これでもか~~ってチャンピオンクラスの牡が並ぶ最後尾に最高齢のワイズが並んだ。
年齢順に並ぶのだが、すぐ前は きーちゃんのパパ と きーちゃんのパパの同胎。
男盛り。
やっぱり、ワイズ ちょっと比べられたらかわいそうだったか。

ジャッジはオーストラリア人。
こんな老犬。。。とびっくりされやしないだろうか・・・

ジャッジが触審にやってこれれたときに とりあえず、
「11歳です。 記念にでました。 ごめんなさい」
と言ってみた。
ジャッジは 気持ちのよいやさしい笑顔で
「問題ない  年齢は関係ないよ」
と答えてくれた。

当のワイズは ギャラリーに知った顔を見つけては
「助けて~~」
って せつない目で訴えていた。


tandoku wise

やはり ワイズはカッコよく立つことはなく、
昔のように なさけないまま ワイズ最後のショーを終えた。

ワイズは最高齢賞。
主催者に記念のプレゼントをいただいた


更新しないブログから、ワイズたちを心配して、メッセージを下さったかたがた。
ありがとうございます。

ワイズもキートスも元気で過ごしております!

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今年に入って、ほとんどブログも更新せずに はや半年が経ってしまった。
今年も半分終わり。

この半年のおおきな出来事を振り返る。



私にとっていちばん大きなできごと・・・。

父との別れがあった。

思ったより早かった。
もう少し。。。 そういう思いがあるうちに 父は眠りについた。

Sep 2010 Mt Fuji 0621



ワイズやキートスを孫のようにかわいがってくれた父。
「よう来たなあ」
いつもそう言って、ワイズの肩をポンとたたいて歓迎してくれた。
キートスが赤ちゃんのころ、仕事で家をあける私の代わりに父と母が
片道20km弱の道のりを毎日 通ってきて キートスにお昼ご飯をあげてくれていた。
キートスにとっては  ひるごはん = 大好きな じいちゃん ばあちゃん
 

「また おいでよ。また来るんやで」

実家に遊びにいった帰りは、父はなんどもなんども ワイズとキートスに繰り返しそう言いながら見送ってくれた。

入院中も
「ワイズらが待っとるから、はよ 帰ったれ」
と私に帰宅するように言うので、ワイズとキートスは毎回 病院の駐車場で待つようになった。
彼らも じいちゃん のことを理解して 待ってばっかりだとか、散歩したいとか、まったく文句も言わなかった。

思ったより父との別れは早く来た。
仕事を少し早く切り上げ、ワイズたちを車に乗せ、病院へ向かった。
病院ですこしの時間 父と面会する。
そんな日々も長くはなかった。
あまり、父のそばについてあげることができなかった。

たが、父が眠る前に

「私は幸せであること」  と  「ありがとう」

を伝えることができた。
さみしさはあるが、焼けた父の骨を見たときははや心の整理ができていた。

母の50年ほど連れ添ったパートナーを亡くした精神的なショックは大きかった。
それをワイズたちはしっかり理解している。
ワイズは母が涙ぐむと駆け寄り、はあちゃんの頬にワイズの顔を寄せCHUをする。
キートスはわざと、いたずらをして、ばあちゃんが顔をあげ「きーちゃん!」と泣いていられないような状況をつくる。
それぞれのやり方で ばあちゃんを励ましていた。

そんな母も 最近は お友達との外出を楽しもういう気持ちになってきた。

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