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更新しないブログから、ワイズたちを心配して、メッセージを下さったかたがた。
ありがとうございます。

ワイズもキートスも元気で過ごしております!

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今年に入って、ほとんどブログも更新せずに はや半年が経ってしまった。
今年も半分終わり。

この半年のおおきな出来事を振り返る。



私にとっていちばん大きなできごと・・・。

父との別れがあった。

思ったより早かった。
もう少し。。。 そういう思いがあるうちに 父は眠りについた。

Sep 2010 Mt Fuji 0621



ワイズやキートスを孫のようにかわいがってくれた父。
「よう来たなあ」
いつもそう言って、ワイズの肩をポンとたたいて歓迎してくれた。
キートスが赤ちゃんのころ、仕事で家をあける私の代わりに父と母が
片道20km弱の道のりを毎日 通ってきて キートスにお昼ご飯をあげてくれていた。
キートスにとっては  ひるごはん = 大好きな じいちゃん ばあちゃん
 

「また おいでよ。また来るんやで」

実家に遊びにいった帰りは、父はなんどもなんども ワイズとキートスに繰り返しそう言いながら見送ってくれた。

入院中も
「ワイズらが待っとるから、はよ 帰ったれ」
と私に帰宅するように言うので、ワイズとキートスは毎回 病院の駐車場で待つようになった。
彼らも じいちゃん のことを理解して 待ってばっかりだとか、散歩したいとか、まったく文句も言わなかった。

思ったより父との別れは早く来た。
仕事を少し早く切り上げ、ワイズたちを車に乗せ、病院へ向かった。
病院ですこしの時間 父と面会する。
そんな日々も長くはなかった。
あまり、父のそばについてあげることができなかった。

たが、父が眠る前に

「私は幸せであること」  と  「ありがとう」

を伝えることができた。
さみしさはあるが、焼けた父の骨を見たときははや心の整理ができていた。

母の50年ほど連れ添ったパートナーを亡くした精神的なショックは大きかった。
それをワイズたちはしっかり理解している。
ワイズは母が涙ぐむと駆け寄り、はあちゃんの頬にワイズの顔を寄せCHUをする。
キートスはわざと、いたずらをして、ばあちゃんが顔をあげ「きーちゃん!」と泣いていられないような状況をつくる。
それぞれのやり方で ばあちゃんを励ましていた。

そんな母も 最近は お友達との外出を楽しもういう気持ちになってきた。

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